儒教で日本人のサービス残業を説明できるか?
一神教と多神教
神様ですら自然に摂理に従う日本文化では、環境変化に対応するために皆で相談して、集団で意思決定します。文書化よりも合意形成のプロセスを重視します。
宗教は日本人にはなじみの薄い領域ですが、ソフトウェア開発には多大な影響を及ぼします。オフショア開発に影響する宗教関連の知識第2弾を紹介します。
●儒教
中国や日本を含む東アジアで強い影響力を持つ宗教であり、礼・士農工商・男尊女卑など社会の上下関係を規定する役割を担いました。
江戸時代に導入された朱子学は、ソフトウェア業界の多重階層構造を容認する文化の醸成に一役買いました。現代の日本社会にも脈々と受け継がれる「忠」を重んじる意識が下記のセリフを生み出しました。
「10年は泥のように働け」
「日本人はサービス残業好き」
「業者の人は、年上でも“さん”付けで呼びなさい」
1949年の中華人民共和国設立以来、儒教に基づく厳しい上下関係に縛られてきた過去への反動形成として、一般社会では「平等意識」が働くようになりました(市井 2006)。現代の中国社会に根付く平等意識が下記のセリフを生み出しました。
「中国人にはサービス精神が足りない」(by 日本人)
「日本企業は、我々の対等なパートナーである」(by 中国人)
「客先常駐する中国人技術者は、挨拶なしで帰宅するので困る」(by 日本人)
■問いかけ
現代の日本社会に脈々と受け継がれる「儒教」の精神で説明できる現象を3例ほど挙げなさい。
<回答例1>
「10年は泥のように働け」→ 滅私奉公のススメ
<回答例2>
「プロのIT企業なら、仕様書の行間を読んで最適解を提案すべき」
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