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国家を語る

オフショア大學の長期戦略を練ろうとすると、日本の労働問題や産業空洞化の議論は避けられません。

私達は学者じゃないので、目を閉じて「えいやっ」で駒を進めてもいいのですが、オフショア開発の先にあるグローバルソーシング時代を見据えたとき、日本の国益を損なうような真似だけはしたくないと考えます。

オフショア大學には、日本のIT業界もしくは全産業にとって最適な道筋を示す義務があると信じています。ただし、この議論を深めると、やがては政治や宗教・信条の領域に足を突っ込まざるを得なくなります。

例1
長期視点を優先するか、短期・中期視点を優先するかは、立場や政治的信条によって異なります。善悪の問題ではありません。

干潟を埋め立てて工業地を作り向こう30年の経済発展を見込むか、または、子や孫の世代100~300年先を見据えて、今の世代が貧乏でも豊かな自然を残すべきだ・・・。これらは常に対立します。

例2
全体最適化を図ろうとすると、どうしても局所的な不利益は避けられません。

プロジェクトマネジメントにTOCを導入すると、余計な在庫を作らないために残業は極力減らされます。今まで残業代で住宅ローンを返済していたメンバにとっては死活問題です。
日本で外国人プログラマを大量採用すると、我が社を支えてきた終身雇用と年功序列は崩壊するのでは? だって、彼らは長期インセンティブをほとんど感じないはずだし。将来国に帰るつもりなので、国民年金の支払いすら嫌がるだろう。


短期的には、コスト削減や人手不足を補うために、オフショア開発を積極的に活用すればいいでしょう。でも、中期的にはどうか。長期的にどうかといえば、会社戦略によって大きく異なります。ましてや、国全体にどんな影響を与えるかは未知数です。

長い歴史を鑑みるに、日本人は過去に何度か大胆なコペルニクス的転換を迫られ、そして見事に成し遂げました。ですから、オフショア開発だって、そのうち上手に自国の文化・経済に取り組んでしまうかもしれませんね。楽観主義的には。

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