“35歳”を救え あすの日本 未来からの提言
NHKスペシャル「35歳を救え」には、いろいろ考えさせられました。当番組では、日本を支えた終身雇用が崩壊し「35歳世代が日本経済浮上の鍵を握っている」との前提で、現状分析と打ち手の提言がなされました。
今後20年に渡って社会の中核を担う35歳1万人にアンケートを行い、「20年後の日本」をシミュレーションしたところ、中間層の崩壊が急加速することが明らかになった。これからの日本を支える今の30代が安定した収入を得られず、家庭や子供を持てないと、税収や消費が落ち込む一方で福祉コストが嵩む超コスト負担社会になり、日本は衰退を免れない。 ・・・(中略)・・・ 「大失業時代を」をどう乗り越え、将来に希望が持てる日本を創るか、徹底取材を元に解決への道を探る。 http://www.nhk.or.jp/special/onair/090506.html
私は2つの立場から番組を観ました。
1.グローバル人材育成機関の運営者
2.沖縄県情報産業推進アドバイザ(アジアOJTセンター運営者)
現在執筆中のPM/経営者向けオフショアマネジメント教科書でも、長期雇用を前提としないオフショア開発モデルの必要性をうたっています。かといって、半年ごとに放浪を繰り返すようなフリーランス技術者だけのチーム編成では、日本型「商い(あきない)」を支える情報システムの請負開発は成り立ちません。
巷で騒がれる「ダイバーシティ(多様性)マネジメント」や「ワークライフ・バランス」は、今のところ単なる綺麗事に過ぎません。グローバルソーシング・レビュー2009年5月号では、「ダイバーシティ(多様性)と日本的モノつくり」は相反すると論じました。
日本的モノつくりの世界では、部門の壁を越えて擦り合わせをし、従業員が自律的に動くことで最高級の品質を目指します。実際には、部門の壁どころか、企業の枠を超えて「系列=多重下請け構造」を形成し、正社員と請負業者・派遣労働者が一体となって、一つの目的に邁進します。性善説に基づく企業への忠誠心が土台となって、「あうんの呼吸」が通じる空気の中で長期間かけて持続的改善を繰り返します。トヨタ式カイゼンに関連するビジネス書には、数十年にわたり職人集団が小さな改善をコツコツと積み上げてきたことが延々と書かれています。こうした世界では「ダイバーシティ(多様性)」は不要でした。
「大量生産、大量消費」が美徳とされた高度成長期には、ダイバーシティよりも均一性、ワークライフ・バランスよりも三種の神器・マイカー・マイホームなど物質的欲求の確保が優先されました。加えて、多くの日本人従業員にとって、「会社で残業する時間」と「家族と過ごす時間」は、ほぼ等価値でした。これは、職場を「身内空間」と認識する近代日本の文化的特徴で説明されます。そして、こうした古き良き日本の風景は、現代の職場にも色濃く残っています。
NHKが報じるように、「転職経験がある」=66%、「会社が倒産するかもしれない」=42%に該当する35歳世代以下にとって、日本の職場は気のおける仲間と過ごす「身内空間」ではなくなりました。その上の世代にとって、職場メンバーは家族同然。20-30代にとって職場メンバーは空気が読めない「外の人」です。
当然ながら、現在の中国IT技術者も、職場を「身内空間(private space)」と見なしません。国営企業時代を過ごした年配中国人とは対照的な態度です。
さて、ここで議論を日本のオフショア推進組織に移します。
オフショア開発推進を迫られる大多数の日本企業は、右肩上がりの経済成長を前提とした企業観・人材観・マネジメント観に支配されています。そこでは、コツコツと持続的改善を重ねれば、必ず未来の成果が約束されます。なぜなら、社会全体が安定して右肩上がりに成長するからです。
NHKスペシャルの取材によると、今の35歳世代(と若い世代)の約7割は、今後どんなに頑張っても給料は上がらないと考えています。これは、日本企業における人材育成方針(丁稚奉公)の崩壊を意味します。すると、職場で長期間コツコツと持続的改善を繰り返すインセンティブが失われます。
ワーキングプアや3K職と揶揄される35歳世代と若い世代の日本人IT技術者は、職場から十分な外的報酬が得られないのに、外野からは「社会性がない」「コミュニケ―ション能力が劣る」「自己責任の報いだ」などと非難ごうごう。かたや、中国やベトナムの若いプログラマに目を向けると、仕事内容は同じなのに達成意欲旺盛で活力に充ち溢れています。無気力で希望が持てない日本人従業員とは対照的です。
こうした現状を踏まえた上で、私達は新しい時代にマッチしたオフショア開発の事業モデルを構築しなくてはいけません。新しい時代とは、下記を前提条件として受け入れる環境です。
・現状維持、ないし、長期衰退もあり得る日本経済とIT投資環境
・35歳世代の3分の2は「転職経験あり」という終身雇用の崩壊
・日本人/男性/正社員による長期間の持続的改善が困難な環境
話をNHK番組に戻します。
NHK取材班は、“35歳”を救え あすの日本 未来からの提言として「積極的雇用政策」を取り上げました。英仏と岡山県過疎化地域の取り組みを引用して、再雇用教育支援、生活支援、ならびに子育て支援の考察を示しました。
これまで大都市一極集中により世界最高水準の経済成長を成し遂げた日本にとって、NHKの提言は国家統治の大転換を迫る可能性を示唆します。いわゆる資源配置の見直しです。ポートフォリオの組み直しと換言することもできます。
・衰退産業から成長産業への人員配置を促進(再雇用教育の充実)
・大都市から過疎化地域への人口移動を促進(生活支援)
・老人福祉から子育て支援への予算移動(国家支出の配分見直し)
・終身雇用を謳歌する40~50世代から、ワーキングプアな若手世代に人件費や福利厚生費を再配分する(報酬制度の見直し)
この4つは、それぞれが独立するのではなく、互いに有機的に連携するのが効果的です。例えば、公共工事が減って衰退する都会の建築現場の派遣労働者が、介護福祉サービス分野での再雇用を目指して公的機関でトレーニングを受ける。再雇用教育終了後は、過疎化地域に移住して、成長産業の老人介護サービスに従事する。
これまでは地方自治体が負担した福祉予算を、国もしくは道州単位で一元的にプールします。同様に、再雇用のためのトレーニング、移住負担や生活支援も、国や道州が一元的に管理します。国家全体でポートフォリオ管理を変革するためには、形式的な統治機構だけではなく財源の一本化も必須です。
経済学者の池田信夫氏は『ワーキングプアを労働市場から排除する「団塊世代の既得権保護」を批判する意見が圧倒的に多い』として、雇用形態ポートフォリオを再構築(=解雇規制の緩和)を強く主張します。
人事コンサルタントの城繁幸氏も『原資増加分の分配から原資全体の再分配にシフトする』ことによって、35歳ワーキングプア世代を救うための報酬システム再構築案を提言します。
私は、日本国憲法が保障する権利を守るために、社会保障などのセーフティーネットは国家予算で負担すべきだと考えます。その一方で、地域活性や富を生み出す分野については、道州単位に予算と権限を委譲すべきだと考えます。
つまり、日本中どこで医療・介護・子育てサービスを受けても、国の税金で負担する(現行は地方自治体負担)。日本中どこで失業しても、再雇用教育と最低限の生活支援は国が面倒を見る。一方で、道州(県)では予算分配よりも富の創造(全体のパイを大きくする)に着目し、衰退産業への施しをやめてイノベーション(人的流動、情報流動、資金流動)の創出を積極支援します。
実は、上記の考え方は「オフショア開発」のプロジェクト統治機構の設計にも応用できます。今までプロジェクト現場に丸投げしてきた部分をPMOで全体統治する一方、無駄なばらまき的運営を見直して成長分野に資源をシフトする仕組みを作ります。プロマネの権限を強化する一方、プロマネ全能主義を見直します。以下、ヒントを列挙します。
・衰退部門から成長部署への人員配置の促進
・オンサイト開発からオフショア発注比率向上(国内分散を含む)
・擦り合わせ&持続的改善から、標準化&多様性導入へ転換
・プロジェクト直接費への予算配分を高める
この続きは、執筆中の新刊オフショアプロジェクトマネジメントPM編(今年夏出版予定)に詳しく書きます。
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