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騒音迷惑で素直に謝罪。翌週、会社から再注意。なぜ?

●オフショア大學で学ぶ中国人出張者が感じた疑問より。

先月の日本出張時、私は会社が用意してくれた寮に住んでいました。ある休日の夜、中国人同僚が集まり、私の部屋で鍋パーティーを開いて盛り上がりました。ところが、間もなくして、私の部屋のインターホンが鳴りました。ドアを開けると、そこには近所に住むおばさんが立っていました。

「アンタたち、うるさい。夜なのでもう少し静かにしてください」

おばさんから注意を受けた私たちは、すぐに、その場で礼儀よく謝りました。幸いにして、おばさんは納得してすぐに去って行きました。その後、私たちは、近所迷惑にならないよう配慮しながら鍋パーティーを続けました。

ところが翌週、私は、会社の上司から「先日の騒音迷惑の件」で再び注意されました。

ここで疑問です。

なぜ、日本人のおばさんは、私たちがちゃんと謝ってその場を収めた問題を蒸し返したのでしょうか。中国なら、当事者間で話しあって互いに納得すれば、その場でトラブルは解決したとみなされます。

私は、現場できちんと謝って、しかも即座に現場を改善しましたので、その時点で問題解決したと思っていました。だから、わざわざ、会社に報告する必要はないと思います。

このようなしつこさ(ねちっこさ)は、日本文化の特徴ですか?


●以上は、オフショア大學受講生が体験した実話です。私がいくつかコメントしようとすると、この質問者は、さらに手強く、こう付け加えました。

私が受講したオフショア大學の異文化コミュニケーション講座では、日本には「水に流す」という文化的特徴があることを知りました。また日本人は「罪を憎んで人を憎まず」という寛容の精神を持っているとも学びました。

異文化コミュニケーション講座で幸地先生は、こう言いました:

中国のソフトウェア開発では、バグを作りこんだ人は責任追及されるのが一般的です。レビュー会議で他人の不具合を指摘することは、相手の面子を潰すという雰囲気が若干残っています。一方、日本では、レビュー会議でメンバーの不具合を指摘することは「素晴らしい」ことであり、大勢の前で不具合を指摘されたからといって、担当者の面子が潰れることはありません。

私も、この意見に同意します。では、なぜ、前出の日本人のおばさんは、きちんと謝罪して改善した私たちを許さず(水に流さず)、後から会社に報告したのでしょうか。これは、このおばさんだけの個性ですか。それとも、日本人全体の特徴ですか?

■ 問いかけ ■

<問1>中国人出張者が感じた素朴な疑問:「騒音迷惑で素直に謝罪したのに翌週、会社から再注意」は日本文化ですか?

はい。日本文化の特徴です
いいえ。個人的特徴です
分からない
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締切:2010年11月09日18時00分
協力:クリックアンケート http://clickenquete.com/

<問2>素朴な疑問を感じた中国人出張者に対して、「成長を願う」観点から簡潔に助言を与えなさい。

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Comments

これは「全体主義」と「個人主義」の視点のすれ違いだと思います。

中国人出張者の言い分そのものは問題ないし、その心情は手に取るように私はわかります。(私でもそう思うでしょう)
一方おばさんはというと、彼女のの気持ちは、同じようなことが別の時や別の場所で起こらないように会社にも知らせることで、会社として今後の予防の糧にして欲しいという思いがあったと推測できます。(ただの意地悪だった可能性もありますが)

これを、software reviewに投影した場合、次のようなことが言えます。
問題そのものを解決するのは当たり前。さらにそれを公にして、関係者が認識することで、同様の問題を予防するという活動がそれに似ています。

これが、個別の問題だけではなく、全体の問題として捉えるという「全体主義」的、動きと言えるのではないでしょうか。「人の振り見て我が振り直せ」という精神かも知れません。

また、program codeに例えても同じで、一つBugを見つけたときに、
「あっ!他でも同じような危険なcodeがあったな」と思い出し、他についても直したくなる事があります。そこだけではなく、全体としての品質を考える人に共通する情動です。

面子について言えば、実は、面子を大事にするのは中国人だけではありません。日本人も同様に面子がありますし、潰されると辛いのです。
review会議で大勢の前で指摘されたことについて、喜ぶ人(日本人)は一人もいないでしょう。そう見えない場合は、面子を潰された悔しさを隠すのが上手なだけかも知れません。

どうして、日本人は面子を潰されていちいち怒らないように見えるかというと、二つが考えられます。

1.review会議は、そう思ってはいけない会議と切り分けるように仕込まれているから。
2.自分が格好悪くても、全体(製品)に貢献したい、または、自分のことより全体を考える自分は、むしろ格好いいと思っている。

私は2でありたいと思っています。
All for one, One for allのteamwork精神とも共通するのではないでしょうか。 この全体への貢献をもって初めて自分の起こした間違いが「水に流される」 のだと思います。

Posted by: 丸山文幸 | November 01, 2010 at 05:51 PM

続いて問2の回答として、
「大陸の住民である中国の人なのですから、おおらかに、大局的視点で俯瞰的に物事を見られるはず。その能力を日本でも発揮してください」

Posted by: 丸山文幸 | November 01, 2010 at 05:51 PM

何度もすみません。(ひさしぶりなので)

直接的な問題認識は、「上司にも注意されたこと」でもあるようですね。

これについて直接的なコメントをすると、「注意は、本人の名前を伏せて全体に対して注意を促す」が、注意をするときの一番良い対処方法ではないでしょうか。
そうすれば、本人の面子も潰れないし、本人は自分のこととして再認識できるだろうし、全体も他山の石として注意しようと思うだろうから。

Posted by: 丸山文幸 | November 01, 2010 at 09:00 PM

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