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謝罪しない中国人に憤慨・・・、に後から悩む

春節休暇中なので、軽い話題を。

文化的相違が主な原因で不愉快な思いをした日本人が、加害者の中国人に「ごめんなさい」を言わせるのは妥当でしょうか? 

例えば中国と日本の衛生観念の違いは、文化的相違が主な原因だといって差し支えないでしょう。

文化批判と誤解される恐れがありますが、例えば、中国人の食事風景に嫌悪感を持つ日本人は少なくありません。

衛生観念のような低次元欲求に関する文化的相違は、致命的な衝突に発展する恐れありがあります。他にも、音楽やおしゃべりなどへの耐性の違い、SEXの寛容性の違いなどが挙げられます。これらは、当事者同士がじっくり話し合ったって、なかなか相手とは分かり合えません。

実話を元にした事例紹介(脚色あり)。

(1)中国人が親切心から「これ、食べて!」と、日本人にみずみずしい果物を手渡そうとする。

(2)ところが、あいにく日本人はキーボード操作中。

(3)そこで、この親切な中国人は、キーボードの脇に無造作に散らばっている業務書類の上にポンっと果汁したたる果物を置いてくれた。

(4)「あっ!」。実は、この業務書類は同僚からの借り物。後で返さなきゃいけないのに、果汁で汚れてしまった。

(5)この事態に日本人は思わず声を荒らげてしまった。「なんて事するんだ、君は!」

(6)この親切は中国人はバツが悪そうに苦笑いするも、中国語の不好意思どころか、日本語の「ごめんなさい」すら言わない。

(7)失敗したのに謝罪の言葉を発しない中国人の態度にますます怒り心頭の日本人。

(8)数分後、被害者の日本人は、冷静になって状況を振り返る。この中国人は親切心で果物をお裾分けしようとしただけであって、決して意図的に意地悪したわけではないことは明白。

(9)日本人は、先ほど声を荒らげてしまったことを詫びるべきかで悩む。でも、失敗しても、ちっとも謝らない中国人の態度を思い出すと、先にこちらから謝るのは癪に障る。

■ 問いかけ

上記の事例を分析しなさい。

分析観点A:上記(6)は事実であり、(9)は日本人の考えだとする。初め、日本人は相手が「謝罪の言葉を発しない」ことに怒っていた。ところが、後から怒りの対象が「ちっとも謝らない態度」に微妙に変わっている。
つまり「謝罪の言葉がない」=「謝罪の態度がない」という前提。ところが、(6)をよく読むと、親切な中国人はバツが悪そうな苦笑い、という態度を示している。もしかしたら、これは彼なりの謝罪の態度かもしれない。

分析観点B:逆のパターン、すなわち、文化的相違が原因で憤慨した中国人が、加害者の日本人に謝罪させるのは、一般ビジネスにおいてはあまり問題視されない。なぜなら、日本人は放っておいても口癖のように「すいません」と謝るから。ただし、海千山千が揃う貿易業務では違うかも。あくまでもソフトウェア業界でのみ通じる仮定かもしれない。ソフトウェア業界では「日本=買い手、中国=売り手」の構図だし。

分析観点C:あなたの観点で分析してみよう・・・


補足
「親しき仲にも礼儀あり」。これは、日本社会の伝統的な考え方。

一方で、中国や韓国など儒教文化が色濃く残る社会では「親しき仲こそ互いに迷惑をかけあう」みたいな価値観が優勢です。

「迷惑」と表現すると嫌らしい響きになりますが、親しい仲ならば「礼儀作法といった形式にとらわれず、相手に正直にぶつかる」とすれば理解しやすいのではないでしょうか。

例えば、手料理がまずかったら正直に「不味い」と言えるのが、親しき仲の証拠である、という感覚です。

この辺の話題を推し進めると「人脈構築に躍起になる中国人」や「春節で大量のおみやげを抱えて帰省する庶民」などの文化的背景が深く理解できるようになります。


「謝罪しない中国人」に憤慨する日本人は、会社だけではなく、友人や家族/親戚など親しい間柄でもよく観察されます。

ちょっとした失敗に対して、いちいち謝罪を要求する日本人は、平均的な中国人にとって「器が小さい連中」だとみなされる恐れがあります。ここでいう「平均的な中国人」とは、対日業務と縁がないどころが、外国語を全く話せない一般庶民のこと。

同様な発想から、細部の品質にちまちまこだわる日本人は、平均的な中国人から「器が小さい連中」だと蔑まされる恐れがあります。

高品質の日本製品が中国人にウケる一方で、それを生み出す日本人が中国人から愛されない理由の一端が垣間見える瞬間です。

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同形異義語

今週は年末の慌ただしい時期です。あちこちの中国オフショア委託先では、新年会ではなく「忘年会」が催されていることでしょう。

なぜなら、中国では旧正月を祝う習慣が主流だからです。

ベトナムでも旧正月が主流です。我がふるさと沖縄では、ごく一部の地域に旧正月を祝う習慣が残っています。

「年末」や「来年」という言葉は、広い意味で日中の同形異義語です。中国語では「日漢同型異義詞」と表現されます。

日本語と中国語の同形異義語は三種類に分類されます。

(1)意味・用法の異なる同形語  例:大丈夫
(2)意味・用法が近似する同形語 例:愛人
(3)意味の一部が共通する同形語 例:曖昧

※上記3つの例は、すべて男女に関係しますw

参考図書:上野・魯(1995)、覚えておきたい日中同形異義語300、光生館

■ 問いかけ

私がオフショア開発業務で見聞きした日中同形異義語を3つ紹介します。それぞれ、実際で「誤解」が生じてしまった実例です。誤解が生じた会話を想像しなさい。

(a) 要約
(b) 質問
(c) 珍

Hints: この中国語の契約書を要約してください。「???・・・」

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「中国人」を「中国の人」と言い換える

2011年12月の大連オフショア開発フォーラム講演ネタより。

<問1>ブログ管理人が大連講演で聴講者の気分を害さないように工夫した点は何でしょうか。以下の選択肢から1つ選びなさい。あくまでも、ブログ管理人の主観意見ですので、悪しからず。

(a)「中国人」と呼ばずに「中国の人」や「中国の方々」と言う。
(b)「日本と中国」と言わずに「中国と日本」と逆順で言う。
(c)「中国では・・・」と言わずに「大連では・・・」と言う。
(d)「我々日本人は(we Japanese)」という表現を一切使わない。

【答】(b)

些細な事かもしれませんが、中国人相手の講演では「中国と日本」「中日○○○○」と言うように心がけています。これが、講演中に中国人面子を傷つけないように配慮する私のKPI*です。つまり、この1点のみに気をつければ、他の致命的な失敗も防げるという私なりの自己防衛機能です。

ちなみに、上記4項目の重要度を本誌発行人の主観で並べ替えると以下の通りです。

(b) > (d) > (c)

つまり、(b)(d)(c)の順で重視する一方で、(a)は全く重視しません。

*KPI: Key Performance Indicators/業績を決める最重要指標

●中国で活躍する日本人の中には、「中国人(ちゅうごくじん)」という呼び方を差別的だと感じる人がいます。そういう人は「中国の人」とか「中国人の方々**」と言い換えます。

オフショア大學講義では、異文化論の文脈で「中国人(ちゅうごくじん)」と十把一からげに表現しないよう留意します。これは、多くの専門家から指摘される中国ビジネス界隈の常識です。

ただし、「中国人」という呼び方そのものを差別的だと感じる人々とは違う感覚です。

実際、私は「中国人」という呼び方そのものには、全く差別的な印象を持ちません。したがって、本誌でも平然と「中国人SE」などと表記します。

**「中国人の方々」は不自然な日本語表現かも!?

■ 問いかけ

<問1>「中国人(ちゅうごくじん)」という呼び方を差別的だと感じる日本人がいます。そういう人は、会話中に「中国の人」とか「中国人の方々」と言い換えます。あなたにも、そのような傾向はありますか?(Y/N)


<問2>「中国人(ちゅうごくじん)」という呼び方を差別的だと感じる日本人がいます。そういう人は、会話中に「中国の人」とか「中国人の方々」と言い換えます。なぜ、そうするのでしょうか。その理由を分析しなさい。

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